「何処へでも行ってしまえ!!」
冷たい空気を裂いて、叫び声は銃声のように響き渡った。
さっきまで降っていた雪はいつの間にか止んで、自分の声が突き抜けた灰色の空。
それでも落ちてくる雪は白かった。
この世界、あたしにとっての命の雪。
その雪が止んだんだ。
終わりを告げるにはちょうどいい。
「アレーシャ……」
ラマーンが眉をひそめてあたしを呼んだ。
痩せた体躯でそんな表情をするとますます頼り無げに見える男だ。
ラマーン。
あたしの所有物。
けれど、その証だったラマーンの首輪の鎖は千切れて、彼はそれを取り払おうともせず、森の中たった二人きりであたしと向かい合った。
「どうした? あたしの気が変わらないうちだぞ」
あたしは二度は叫ばないで低く言うと、右手に持った銃を、太い三つ編みを二つさげた自分の頭に向けた。
そんな顔をするんじゃないよ。
生きていくのに誰の顔色も確かめたことないんだ。
いまさら誰かに止められるとも思っちゃいない。
引き金ートリガーーを引く。
その数秒間に、いままでの出来事が、あたしとラマーンの間に溢れ返ってくる。
あたしはそれを幻に見て、
――不敵に笑みを浮かべたんだ。
* * *
スノー・ファングという種族を知っている者は少ない。いまの終わらない冬が始まってから生まれた種族だからだ。
雪の女王が降らす雪の魔力が、獣と人の姿を合わせ持つあたしらをつくった。
だから、あたしらの命はきっとこの冬が終わりを告げるまでだと、仲間は皆口を揃えて言った。
いつ雪の女王の気が変わって『終わらない冬』が終るかわからない。
だからあたしらは、命以外は何ものにも縛られず好きに生きようと決めたんだ。
この雪の森を通る旅人から金目の物やら服まで剥ぎ取って、全て自分らの物にする。
自分らのためだけに。
あたしらはいつしかスノー・ファングではなく、山賊という集団で呼ばれていた。
群れでいるのは皆同じ考えだから。
あたしも大賛成だった。
あたし、アレーシャは山賊の親玉の娘として群れの中では特別だった。
仲間が何処からか奪い取ってきた宝でも、あたしが望めば全て手に入った。
あたしの住処である岩壁の洞窟には、それら沢山の宝の他に、森で捕まえた生き物たちを縄で繋いである。
鳩に兎に狐。
それからトナカイだっている。
みんなあたしの所有物。あたしのもの。
そいつらと遊んでやるのがあたしの日課だ。
「ほおら、鳴いてみせろ。跳ねてみせろっ」
縄を掛けた首にナイフの刃を当てれば、トナカイはあたしの言う通り鳴いてその場で暴れる。
「あっははは!」
みんなあたしのものだから。
みんな言うことをきくんだ。
「生き物を虐めたら可哀想だ、アレーシャ」
そんなあたしに、決まって言うのがラマーンだった。
ラマーンは前に雪の森で行き倒れ、凍え死にかけていたところをあたしが拾ってきた人間だ。
つまりラマーンもあたしの所有物。
所有者のあたしに意見するなんて気に入らない。
「可哀想だって? あたしは面白いよ。コイツらはあたしと遊ぶために一緒にいるんだ」
「恐怖で従えさせても、本当の意味で君の側にいる訳じゃない」
ラマーンは他の生き物と違って、首輪に繋いでも、一度もあたしの言うことに頷いたことなんて無かった。
「ラマーン、お前はそうやっていつもあたしを怒らせる。どうしたらお前もあたしの言うことを聞くんだ。……そうだ、これはどうだ?」
あたしは、腰にくくりつけた宝箱をラマーンに見せつけた。
「見ろ、これはお前が倒れてたとき大切そうに抱えてた宝箱だ。宝箱と言っても鍵を開けなきゃただの箱だ」
けれど鍵もあたしが持っている。
何も言わないラマーンに見せつける。
「お前は何度もこの宝箱を開けられるのを拒んだな。どうだ? いまここで鍵を開けてやると言えば、お前は泣いてあたしに従うか?」
ラマーンは、少し黙ってから言った。
「……君の背中の傷を見せつけられる方が、俺はよっぽど胸が痛いよ」
「――――黙れっ!!」
あたしは持っていた銃をラマーン目掛けて撃ちはなった。
ガァアン!
と何重にも銃声が洞窟内に響いた。
生き物たちが石のように動かなくなる。
耳を塞ぐことも出来なかったラマーンは凄まじい破裂音と、弾丸が頬を掠めた衝撃に後ろへ転がった。
「ふー……っ! ふー……っ!」
怒りを押さえつける呼吸が激しくなる。
「つまらない奴め! 宝石のようなお前の眼の珍しさに拾ってやったが、お前は宝石以上につまらない奴だ! 二度とあたしに逆らうな!」
目を剥いて叫ぶ。
背を向けて洞窟を後にする。
そのあたしの背中には、ラマーンが言った大きな傷が生々しく刻まれてた。
それを隠しもしないあたしにラマーンは言った。
「俺の言ってることが、いまにわかるよ」
あたしは、頬を流れる血も舐めてやるもんかと決めた。
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