【2.正義とレイン】
神様。
俺は、正義で。
全てにおいて正しい男です。
◇◆◇
世界は急変した。
悪に押されていた正義が、急に悪を追い詰め始めたのだ。
それは、悪に生きる少年、ノインが言っていた事がまるで本当の事になったようだった。
戦いの先頭に立ったのは、一人の少年だった。
誰よりも美しく映える白髪。誰よりも熱く燃える赤い瞳。
舞うように剣を振るい、正義のため悪と戦う彼の名を“レイン”と言った。
彼こそ悪を滅ぼすために生まれた正義の名に相応しいと、他の正義に生きる者達はレインを褒め称えていた。それもそのはず。成長したレインが戦いに参加してから、正義は悪に勝るようになったのだから。
悪との間にできた差はあっという間に縮まり、そして正義は悪より上に立ち始めた。
世界は急変した。
神様のココロは、正義に染まりだしたのだ。
◇◆◇
――正義はあと、四十八也。
――悪は……十二也。
その中には、ノインの姿もあった。
◇◆◇
「――世界は、大分変わった也」
そう呟くのは、くすんだ色のローブを纏った一人の少女。
少女は、鉄のような灰色の髪にそれと同じ色の瞳をしていた。
少女。ミカタは、いつものあの場所に立ち、世界を見つめている。
世界は大分変わってしまった。
そうミカタは言うが、ココロの世界の外見はそれほど変わってはいない。
地面には白い砂が積もり、かつて正義達が作り上げた文明の残骸が散らばっている。言うなれば、空は前より増して黒くなっていた。世界は前より不安定になっているようにも見え、ひっくり返ってしまいそうだ。
「静か也」
この世界に生きる者が少なくなったせいか、世界は前よりも静かになった。乾いた風が砂を撫でる音がより鮮明に聞こえる。
「綺麗な音、也」
「そうか?」
「!」
振り返ると、そこには白い髪の少年がいた。
「俺には仲間の悲鳴に聞こえるがな」
「レイン」
「久しぶりだな、ミカタ」
レイン。正義に生まれ、自分を正しいと信じ、真っ直ぐに戦いに生きる少年。
白い甲冑に身を包み、今し方また悪を滅ぼしてきたようだった。ミカタにはそれがわかる。
「また、悪が滅んだ也か……」
「何故そんな顔をする? 正義が悪を滅ぼしてなにが悪い」
「そう也な……」
確かにレインの言っていることは正しい。これは戦争なのだ。
「レイン。お前がここに来るのは久しぶり也。どうした也か?」
「戦況を聞きに来た」
レインはミカタの横に立つ。レインの言葉に、ミカタは何かを感じるよう灰色の瞳を閉じる。
「今は……お前ら正義の方が遥かに上也」
感じる。こうしてる間に、またどちらかが滅んでゆくのを。
「そうか」
レインは笑っていた。
「嬉しい、也か?」
「当たり前だ。悪が滅べばやがてこの世界は正義のものになる。戦いは終わり、世界は平和になるのだからな」
戦いが終えた時。その時、世界は一体どんなふうに変わるのだろうか?
皆が同じように考え、それぞれ異なった答えを出してきたが、実際どうなるかなど誰もわかっていない。だから、レインの言う通りになるかは分からない。
「本当に、そうなのか也」
「なるさ。悪は必ず滅びる」
「どうして分かる也?」
言い切るレインに、ミカタがどうしてかと尋ねると、レインはその場にしゃがみ地面の白い砂を掴んだ。それは、戦いに敗れた正義達のなれの果て。レインの手の中を滑り、指の間からこぼれ落ちゆく。
「見ろ、コレが俺達だ。死んで、こんな姿になって皆に踏まれ、なんて無残だ」
こんな姿になったのも悪のせいだと、レインは憎むように砂を固く握りしめる。
「あいつらが居なければ、俺達の住む場所もああにはならなかった」
それもまた昔の事。
正義達が築き上げた文明。それは悪に破壊されてしまった。今はもう、その残骸しか残ってはいない。
「仲間のため、正義のため俺達は悪を滅ぼさなければならないんだ」
レインは言う。
「それで、この世界は平和になる也か?」
「俺達がやってみせる。どうせ破壊を好むあいつらには、到底無理な話だからな」
悪には無理。平和をつくる事も、居場所をつくるのも。
その言葉を聞いたら、何故だかミカタは悲しくなった。
「ミカタ。一緒に来てくれないか?」
「何也?」
「見せたいものがあるんだ」
急にレインは立ち上がり、ミカタへと手を伸ばした。
ミカタは少し躊躇したが、レインが優しく微笑んだのでミカタはその手をとり、一緒に砂の山を下って行った。
「――ここは」
それは、一瞬目を疑う光景だった。
レインの手に引かれミカタがたどり着いた場所は、言うなれば“村”だった。
あの白い砂の地面の上に、僅かながら住むべき場所が作られている。無残にも瓦礫となったあの破片が生き返ったようだった。
「驚いただろ? 全部俺たちの手でつくり上げたんだ」
「正直、驚いた也……」
まさか、またこの世界にこの光景が蘇るとは夢にも思わなかったミカタだった。
その小さな村には、もう数が少なくなった正義達が生活をともにし生きていて、あの頃の世界が戻ってきたみたいだった。正義と悪が百人ずつ存在していた、最初の世界が。
「俺は、守りたいんだ。今度こそ、この光景を。正義のために」
「だからお前は戦う也か? レイン」
「ミカタ……?」
急なミカタの質問にレインは驚き、ミカタの方を見た。
ミカタは、ただ真っ直ぐに目の前の光景を見たままだ。
「私は思う也。何故お前らは戦うのかと。レイン、お前は言った也な。この光景を守りたいと。だから戦うと。だけど、戦うたびにお前らの仲間は消えてゆく也。それでも良いのか?」
それは、ミカタが考えて一度も答えが出なかった問い。
ノインにもまともな答えが出せなかった。それをレインはどう答えるか、ミカタは興味があった。
そしてレインは。
「戦わなければみんな滅んでしまうんだ。生き残るために戦わなければならない。たとえ犠牲が出てもだ」
「……悲しく無い也か?」
「悲しいさ」
レインは鼻で笑って見せる。
「だけど、これ以上そんな事が無いためにも、戦いは終わらせなきゃな」
それがレインの戦う理由。だけどそれだけじゃ無いと、レインは続けた。
「正義こそ正しい道だ。神のココロは平和で、正しい方が良いに決まっている。だから俺は思うんだ。こんな戦いは無意味だってな」
「……無意味」
だったら、この戦いは今終わらすことはできないのだろうか――?
「ミカタ。もう一つ良いものを見せてやるよ」
そうレインは言うと、またミカタの手をとり村の中へと進んで行った。
「これだよ」
そこは小さな建物の陰の中。
そこで見つけたのは、見たことも無い鮮やかな色をしたモノだった。
白と黒しかなかったこの世界に、突然と現れたそれは、小さく儚げなのに白い砂の地面から力強く生えてきていた。
「これは、何也か?」
自分にすら感じられなかった変化に、ミカタは首を傾げるばかりだった。
「分からない。だけど、これはきっと俺たちに与えられた特別なモノだと思うんだ」
次第に大きく成長していくそれは、不思議な魅力があって、正義達は大切に育ててきたのだ。
「きっと戦いが終わった時、これはもっと増えて俺たちの数も増えていくんだと思う」
そうして世界は変わってゆくのだと、正義は信じているのだ。
この戦いが終えた時――。
「レイン! 遊ぼー!」
「こら! いきなり抱きつくんじゃない。危ないだろ」
どこからともなく明るい声がした。
レインに小さい正義の子が抱きつく。
じゃれあう二人の正義を見て、一人のミカタはそっと呟いた。
「もし――お前が言うような世界になったら……」
「ん?」
――多分。
「私は、それを見ることはできないだろう也な」
「……っ」
何故……?
「私は戦いを記録する者也。だから、この戦いが終わってしまったら、私は要らない者也」
――だから、きっと。
「だから、その時私は消えてなくなってしまうかも也な――」
そう言って、ミカタは空を見上げた。
遠い未来が見えないように、空もまた暗く閉ざされていた。
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